「解せぬ。壁の中で無念を訴える死者をシャバへと引っ張り出した心優しき我らがナニユエ真犯人の如く牢獄に収容されねばならぬのだ?」 「うん、自業自得ってことじゃん?」 第一発見者二人の感想の温度差は顕著だった。 「……………とゆーか予想範囲内。もうコイツは隔離する他ありませんでしょう? わたくしは端から龍蓮ホイホイのつもりでお役目に望みましたもの予想通りですわっ! ですからわたくし達はかまわないのですっ………寒いのだって我慢しますわ根性ォっ!」 ぴちょーん。 夜露と思しき水音が響く。 「〜〜〜なのに! なんで! 関係ない友達を連れてくるんだっ!? 藍龍蓮っ!?」 「うむ。紹介しようマタタビの君。我が心の友其の一、其の二、其の三だ」 「アホかぁっ!!!」 白と桃色の上衣を纏った少女の怒声が牢獄に撓んだ。 「龍蓮。牢獄に連れてこられて喜ぶ友達はいません。わかる?」 「これは異なことを」 「異なのはお前の頭の中だ―――お三方、申し訳ございません。試験直後でお疲れのところを本当に申し訳ないっ。今すぐ宿舎へ帰還して構いませんからどーぞどーぞ」 李真朱の現在の肩書きは、予備宿舎第十三号棟別室管理責任者である。 ―――王城内で壁に塗りこめられた白骨死体を発見するというどうしようもない事態に対する王の対応は早かった。とりあえず壁は塗りなおし、年代物の死体に関する調査を然るべきところに命令し、これ以上の騒ぎを起こさないように発見者二名をもろとも捕獲、牢獄に隔離、管理人はそのまま別室の監督を続行し、もう一名は別室を宿舎と定める。 以上である。速攻だった。 別室………別室ね。牢獄だけど別室。ものは言いようだ。 モノホンの牢獄の中であろうと、此処は特例的に現在予備宿舎第十三号棟内なのである。立地違うじゃんってゆーツッコミも無用だ。十三号棟に割り振られた挙人が居たって何の問題もない。だって十三号棟内だから。 だからって好き好んでこんなところに来たがる者がいようか反語。 試験直後の疲弊と、藍龍蓮に対する一定以上の諦観と、自分以外の他者に対する同情と己の不幸をない交ぜにしたような顔をした少年少女は、藍龍蓮相手にこんこんと正論を吐く真朱を見つめた。 紅秀麗、杜影月、碧珀明の三名、幸か不幸か龍蓮抗体を保持する心の友其の一其の二其の三である。 「わ………わたし、もう此処でいいわ。アッチは珍獣扱いで雰囲気悪いし、コッチは寒いけど、こんなところに年頃の女の子と龍蓮をたった二人で放置なんて出来ないもの!」 「秀麗さまぁっ!?」 真朱は仰け反った。 「僕も此処でいいですー。僕、何処でも勉強できるんですよ。特技ですー」 「影月くんっっ!?」 真朱はさらに仰け反った。 「僕は帰るっっ!!」 「マトモな人ォォォォ!! そうだよねそうですよね!? ちょっと此処のお人よし二人引きずってでも連れて帰ってくれません!?」 真朱はガッっとマトモな少年の両手を掴んで訴えた。 「わっわぁ!?」 「こんなところで寝泊りしては受かる試験も受かりませんわ!! 隙間風の囁く声も風流とかアホなこというかっ飛び風流人以外、ただの壮絶な悪環境です!! 別室なんて言葉の綾、どっからどー見たって牢獄でしょうココ牢獄ですから!!」 目を潤ませて、身長差から上目遣い、縋るように引っつかまれた両手を同じ年頃の美少女の豊かな胸に抱きまれた珀明少年は真っ赤になった。 「駄目ですからね、許可しませんから!! 別室の管理責任者たるわたくしが龍蓮以外の滞在を許可しません!! カ・エ・レ!!」 「それもまた一興。此処を私とマタタビの君とのアイの巣と定めようではないか」 龍蓮は真朱の腕をとり華麗なスパイラルターンを決めた。珀明からひっぺがされ、見事振り回された真朱はくるくるしゅたっとスッポリその腕に収まる。 滑らかな動作で龍蓮の足を踏んずけておいた。 「あー同病相哀れむ、のアイね。いーよそれで。アイの巣認定っ!」 投げやり。 「駄目よ何ソレっ!? 反対票一票!!」 「二票目投じますーーっ!!」 しゅばばと秀麗と影月が挙手する。 「いつから別室は民主主義になりましたの!? 最高権力者、わたくしですからねっ!?」 「ダメダメ駄目よ駄目なの! 年頃の男女が二人アイの巣を作るなんて破廉恥だわ!! アイが芽生えちゃったらどうするの!?」 「アイはアイでもそれは哀ですわ秀麗さまっ!! 芽生えて何の問題がっ!?」 何の話だってゆー論争だった。 「僕、ここにいちゃだめですかー?」 「うぅっ」 やめてやめてくれ影月君そんなア○フル犬のようなつぶらな瞳で見つめないでくれぇ。 「と、とにかく二対二よ!! 五人いて意見が二対二に割れたんなら権力も何もないわ!! ないのよ!! 自治権を主張していざ多数決!!」 秀麗が拳を握り力説する。 自然、視線はいまだ票を投じていない珀明に集中した。 「―――はぁ!? ぼ、僕かっ!?」 「だって二対二なのよ!?」 「二対二なんですっ」 「だから、なんで多数決になるんです!?」 ぽヒ〜。 「「「「笛を吹くなっっ!!!」」」」 総勢四名の一糸乱れぬツッコミに、龍蓮はそこはかとなく嬉しそうだ。 なぜか裁定をゆだねられた少年は、生真面目に考え込む。 ―――確かに、年頃の男女が一つ屋根の下(牢獄だよ?)というのは感心しない。しかし大事な試験中だ。秀麗も、影月もだ。一応龍蓮を連ねてもいい。 しかし、しかし、えーと。 試験とまるで違う部分を使う難題に、珀明の思考は迷走する。 「………珀明、知ってる? 真朱は李侍郎の妹さんなの」 掃き溜めにおいて唯一清く正しく美しく真っ当に鶴である秀麗の鶴の一声。 「反対一票!!!!!」 即決。 「三対二!! 可決よ!!! 残留決定!!」 かーんかーんかーんと秀麗がお玉でもって鍋底を叩く。 「わーい、お布団敷きましょうー。お泊り旅行みたいで楽しいですー」 「うむ。マタタビの君を丸め込むとはさすがだ心の友たちよ。我が心眼に狂いはなし」 「なんですの、それぇっ!?」 真朱の悲鳴が牢獄に木霊する。 予備宿舎十三号棟別室は俄かに賑やかになった。 「どいつもこいつもドチクショウ。あらいけませんわね、鉄壁の猫が剥がれてきましたわオホホ」 お櫃からご飯をよそいながら笑っているのに眼は笑っていない笑顔で真朱はぼやき、山盛りのお椀を龍蓮に視線もくれず押し付ける。 「あらコレ蓮根?」 「はい秀麗さま。薄切りの蓮根に鶏ひき肉を挟んで油で揚げました」 「こっちも蓮根ですねー」 「えぇ影月くん。甘辛くきんぴらにしてみました。ちょっとぴり辛ですわ」 「………こっちは、蓮の葉か?」 「はい珀明さん。さっと茹がいていり卵と炒めました」 蓮尽くし。そこはかとなく悪意の垣間見える献立だった。 「うむ、美味」 そこはかとない悪意の矛先であるはずのトアル青年は痛痒も感じずモグモグ箸を進めている。真朱の手の込んだ嫌がらせは不発に終わってる。むしろ美味そうに食ってんので喜んでいると言えるだろう―――悪い気はしないが釈然としない。 真朱が後宮の自室から持ち込んだマイ火鉢(防寒的には焼け石に水)の上では、金網を乗せて夜食用のおにぎりを焼いている。味噌と醤油の二種類だ。 さらには秀麗がぱぱぱと手際よく用意した鍋がくつくつおいしそうに煮えている。 「わぁ豪華ね! お夕飯は別室の勝ちだわきっと!」 「腹が減っては戦は出来ぬと申します。生きること即ち是戦いなのですわ秀麗さま」 心意気はサバイバル。 せめてメシくらい良いモン食ってねーとやってらんねーという真朱の心尽くしが卓袱台代わりに運び込んだ足の短い卓の上に広がる。 「わぁ美味しいですー」 「いっぱい食べて大きくなるんだよ影月くん」 「は、はい………えへへ」 ほのぼのしい会話を交わす影月と真朱がいたり。 「……………」 「……珀明さん、お口に合いませんか?」 「えっ!? いや、とてもオイシイデスっ」 「えーと、では御代わりでしょうか?」 チラチラと向けられる視線の意味を図りかねた真朱が首を傾げる。 「真朱真朱。珀明は絳攸様に憧れてるのよ」 「はぁー。兄にですかそうですか」 ―――正気ッスか? 日頃のヘタレ具合を誰よりも知っている妹は内心ですげー暴言を吐いた。 「―――あのっ!! 李侍郎は普段はどのような方なんですかっ!?」 "兄"の響きに、珀明は意を決してといった面持ちで急き込んで尋ねる。 「超絶方向オン―――っゲホごほ」 咽た。 ………危ない危ない。近しいものは誰でも知っていて最早代名詞になりつつある兄の欠陥だが、うかつに口にしていい類の弱点じゃない。 もし、もしもだ。ありえないが、真朱が絳攸の政敵で、彼が目障りで仕方なくなったら人気のないところで軽くボコッて意識を狩って、その辺の雑木林に運んで放置する。そうするとアラ不思議、後は自動的に餓死死体が完成するはずだ完・全・犯・罪! 珀明が彼の政敵に回るとは現時点では考えにくいが、公言するのは不味い―――家族だが血縁と思われてはたまらないじゃん? 「だ、大丈夫?」 「――っ、えぇ、失礼しました」 真朱が何を言いかけたのか理解出来た秀麗が背中をさすってくれた。少女の優しさが身に沁みいる。 「えーっと、えーとですねぇ………普段、ですか」 マトモっぽく当たり障りのないのは無いか。真朱は食事の手を止めて考える。 李真朱から見た李絳攸という青年は―――。 …………まず、生真面目だ。不器用なのに―――不器用だからか、何事にも手を抜かない。 同じ境遇なのに、黎深に対する態度は真朱と違って酷く真摯かつ健気だ。傍目涙を誘う。 ホモじゃないかと疑うぐらい女嫌い。一役買っているためこれは伏せよう。 手が大きい―――ムカつくからこれも言わないでおく。 つらつらと羅列しては却下して、脳内で議事を進める。 そう言えば―――"何故自分を拾ったのか"―――そう、彼に尋ねたことがある。黎深に全く同一の質問を投げる前に。 "自分"を拾ったのは絳攸であり、その絳攸を"自分"ごと拾ったのが黎深だ。黎深が真朱を拾ったのと同じことだと誰もが言うが、本人の中では厳然とした区別がある。断じて言うが、最初に絳攸に拾われなければ黎深にめぐり合う前に野垂れ死んでいた自信がある。嫌な自信だ。 食べるのにも困っていたのは同じ。混乱して呆っとアホ面さらしていたはずのキタナイ幼児に、余裕もないのに何故手を差し伸べ、その手を離さなかったのか―――。 とても人間らしい選択だと思った。 とても人間らしからぬ選択だと思った。 自らの余裕と優しさは等式である。少なくとも、"自分"はそうだった。 それなのに、返って来た答えは簡潔。 ―――そうしたかったから。 たったそれだけ。 むしろ、何故そんな当たり前ことを聞くのか解からないといった風情で少年は答えた。 そんな馬鹿なと呆れて呆れて、呆れ果てて絶句した。 信じられないことに、本当にたったそれだけの、理由にすらなっていない理由で以って、途方に暮れることしか出来なかったまだ名前の無い小さなアノ子の小さな小さな手を引っ張ったというのなら。 たったそれだけの、好意も同情も後先考えた計算もなく、ただ心赴くままに手を握ったというのなら―――。 この人は呼吸をするだけで自分に優しい存在なのだと―――思った。 あの時全身で感じた感情の名前など知らない。 ただ無性に泣きたくなった。実際泣いた。ワァワァ泣いて、驚かせて困らせた。 本当はかつての自分の弟妹よりも年下だけど、この少年を兄と呼んでやろうと、その時、決めた。 「……そうですわね。わたくしにとっては―――世界一優しい人ですわ。そしてわたくしの知りうる限り、最高の努力家です。最年少状元及第が何ほどのものか。当然の帰結ですわ」 言葉はするりと零れ落ちた。 「自慢の兄です」 本人の前では口が裂けても言わないが。 珀明はぽかんと口を開けた。 秀麗は匙を落とした。影月は箸を落とした。龍蓮さえ咀嚼を止めた。 真朱は知らず微笑んでいた。 ―――大切な人を想う時、人はかくも美しく微笑むと知る。 「し、心臓に悪いわ……っ」 真っ先に正気に返ることが出来たのは、身体的に同性の秀麗だった。 「は?」 「ううんいいのなんでもないの! もう神々しいまでに綺麗だとか鼻血出るかと思ったとかそんなことは真朱は気にしなくて良いの!」 「……はい?」 「堂主様だって負けてませんっ、きっと!」 影月は奇妙な対抗心を燃やしている。華眞の話をしてくれたときの真朱の顔だって負けず劣らず柔らかく微笑んでいた。絶対微笑んでいた! 「なんでいきなり華眞が?」 真朱はわかってない。 「……………」 龍蓮は無言。何を考えているか傍からは図りかねるが、ジィっと真朱を見つめている。 「な、なんだよ?」 「一曲浮かんだ」 「吹くなよ?」 速攻で五寸釘を刺す。 …………災難なのは珀明だ。 質問者だったため、真正面から(ある意味)奇跡の微笑を目撃してしまったのだ。真正面から、自分に向かって微笑まれたように見えた。 誤爆である。 茹でたタコより赤くなった珀明に、真朱はワケワカランと首を傾げた。 (……最後は今ンとこ本編中で一番他意のない笑顔だったかな。普段が普段だから威力がデカイのかと) |