「主上ォォォォォォォォっっ!! ついに見つけましたぞぉぉぉぉぉ今日こそ今日こそは予備宿舎十三号棟の監督を辞させていただきたくっ―――」




 王城は広しと言えどもその主である王が行き来する場所というのは自ずと限られる。本気のかくれんぼなら余は半年は逃げ回れると豪語し、即位半年実行していた紫劉輝といえど、政務が滞らないように仕事をせねばならないとなると隠れるといってもその隠れ家には一定の広さと利便性が求められる。
 後宮のトアル女官の室というのは"政務は外朝"という観念の盲点ついていたイイ隠れ場所だった。しかもこの部屋は基本的に居心地がいいし、室の主は口が堅く、彼女が趣味で蒐集した各種資料は中々の質と量を誇り、時折菓子とお茶が出てくる。居座っている割にいい待遇だ。
 ついでに少女の罵声も飛んでくるがこれも慣れると快感である。
 しかしそれでも日が経てば、水面下といえども噂に上る―――つまりどう隠れたって隠したってバレる。






 髪を振り乱し目の下に刺青のような濃い隈を作り抜け毛と辞表を片手に特攻してきた老いた高官は、"主上が隠れている室"の扉を蹴破って…………それを目撃した。






 まず、白かった。
 大理石や新雪に喩えられるような冷ややかな白さではない。乳白色の、柔らかく暖かな白さはどこか陶器に似ている。
 その白い何かは滑らかな曲線を描き、薄絹が優美な凹凸を隠さずに覆う。
 細く初々しい四肢が裾から伸びて、結い上げていない垂髪が背と、胸元にゆるやかに波打つ。その胸元には瑞々しい双丘が谷間を覗かせており、キョトンとした表情が幼く映る少女の紅唇が二拍をおいてわななく。







「……………………きゃーあ」
「ししししししししし失礼いたしたぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」







 着替えを老臣に目撃された女官の悲鳴は、これでもかって言うほど直線の超棒読みだった。





「追い出したぞー」
「まず上衣を着ろっ!!」
「いやぁ眼福だね」
「余、余は秀麗ひとすじ……ひとすじで」
「貴様らぁ!! 何見ているっ!?」
 扉を開けたら生着替え大作戦☆ で辞職希望者を追い返したとある女官は衝立の向こうに合図を出し、衝立の向こうは向こうでなんか揉めていた。
「なー、もう居場所バレちまったから時間の問題だぞー。次はちゃんと戸を叩いてから特攻してくるだろうから、生着替え大作戦は二度は使えねーし」
「いいからまず上衣を着ろっ!!」
「そんなすぐ衣が着れるか。時間かかるんだぞコレ」
「う〜ん、真朱殿脱いだら凄いね」
「見るなこの常春ーーーーーっっ!!」
「俺は脱がなくても割と凄い」
 ばっさばっさと衣と裳を翻して裾を正す女官の生着替えは、一幅の絵画の如き静止状態に比べると、動作はコレが不思議と色気がない。ハイスペックなナイスバディなのに全然ない。色香は内から立ち昇るものであるという証左である。
「しゅ、秀麗になんと言えば………」
「わざわざ言う必要ないだろーが、アホか王様」
 呆れてぼやき、真朱は垂髪の鬘を取り外した。
「えぇい貴様ら目を塞げといっただろうがーーっっっ!! 何ちゃっかり一部始終目撃しているっ!?」



 だって男の子だもん。



「ははは絳攸だって目を閉じてなかったじゃないか」
俺は見慣れているからいいんだっ!!
「………」
「…………」
「……………」
 気不味い静寂が落ちた。
「オホホお兄様、今、凄い墓穴掘りましたよ? 自覚あります?」
 半笑いの変な顔をした妹の指摘に、今己が口走った台詞を反芻した絳攸は恐ろしい際どさを自覚。
「そ、そそそそそそそれはお前が何処でも構わず人の目の前で着替えをするから今更であってたたたたた他意はっ」
 超どもった。
「あー、うん。他意はないんだよね。他意は。私はちゃんとわかっているよ絳攸」
「うむ。他意はないのだな、他意は。余もちゃあんとわかっているぞ、絳攸」
 ぽん、ぽんと両肩をそれぞれ叩かれる。何故かしみじみと哀れまれている気がすると絳攸は思った。多分気のせいじゃない。
んなことどーでもいいけどさー。もう次はねーよ。だからさっさと執務室に帰れ。こーなりゃ何処にいたって同じだ」
 どうでもいいと言い切る妹にしてこの兄ありである。なるほど、と劉輝と楸瑛は心底理解した。うん、こうなるだろう。こうなっちゃうんだろう。
「………うむ。バレてしまっては致し方ない。長らく迷惑を掛けたが、余は執務室に戻ろうと思う」
「おう。ほんとに長らく迷惑だった。二度と来んな」
 余韻とか機微とか遠慮とかまるでない返答だった。
「まぁ最後にいいもの見せてもらったし、お暇しようか」
「その目を刳り貫いてやる常春」
「外でやれ外でー」
 いそいそと懐刀を取り出そうとするおにーちゃんを片手で制す真朱に女性らしい恥じらいはない。実際、突撃生着替えをされたら反射的にまず隠すのは股間だけだ。ボッティチェリのヴィーナス誕生なんかのポーズは実に女性らしい仕草なんだなーとつくづく思う。李真朱の咄嗟の反応は股を隠して胸隠さず、仕草は今もなお男のままである証左だ。
 嫌な証拠だ。
「しかし、本当にどうしたものか。十三号棟の管理人の後釜にだけは座ってなるものかと皆全力で逃亡してくれるのだぞ。逆椅子取り試合状態なのだ。十三の"じゅ"っと言ったところで誰もが思いっきり目を反らすのだ」
 むう〜と眉を寄せる王様の一番の気がかりは、やはりそれだろう。
 隠れ家もバレた。こうなると次なる秘密基地の候補地がない王様とその側近は執務室に帰るしかない。その執務室に戻ってしまえば両日中には辞表を受け取らねばなるまい。あの気迫に対抗できるものは十三号棟管理人経験者のみだろう。





 次の生け贄は誰か―――十三号棟の監督は、もうそーゆー次元の人事である。





「もう問題児を牢獄に入れてしまえ」
 吐き捨てた絳攸はこの時点では冗談、もとい心意気のつもりだったのだが、これが実現するとはさすがに思っていなかった。
「は、ははは。うん、実の兄として言わせて貰うけど、もうそれしかないと思うよ」
 こっちは十割本気で相槌を打っていた。血縁と他人の危機管理の差だった。
「勅命出しちゃえばいいじゃん。何気ィ使ってんの? 王様なんだからどーんと構えて命令すりゃあいいじゃんよ。最悪な貧乏くじとはいえ、期間は限定されてんだから」
 こっちは何から何まで他人事と判断して気楽な提言をする女官だ。





 ――――これは、李真朱の珍しくも盛大な失言だった。





 王や側近の身近にいようと決して政務に口を出さない賢明さにも、連日の領域侵犯にどこか神経を消耗していたと思われる。ウッカリ口を出してしまい、ばっちり言質をとられてしまったと気づくのはその夜。
 王とその側近がこっそり目配せをしていたことにそのとき真朱は気づかなかった。彼らが自室に居座ってくれたことで遅れた仕事をどう取り戻すか最短距離を検討していて気づかなかった。
「…………他意はないのだが。真朱は件の藍龍蓮と知り合いなのだな?」
「まーな。出先でたまに会うんだよ」
「…………他意はないんだけど。兄としてちょっと訊きたいな真朱殿。うちの末弟、どう思う?」
「どうって……ちょっと変わってるけど、基本的にイイ奴だと思ってるぞ」
「…………他意はないんだが。仕事の進行具合はどうだ?」
「テメーらのせいで押してるよ!! 急ぎの決済がないのがまだ救いだ。自宅療養中にだいぶ仕事したからなー」







 ふぅーん、そう。







 その晩、李真朱の手元に紫勅の書面が届いたりする。
 少女はそれを心赴くまま踏みにじったというが、勅命は勅命なのである。











(溺れるものは藁をも掴む。ストロー認定に全力抗議。主人公、恩を仇で返され激怒)



モドル ▽   △ ツギ




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