「さぁ豊穣祭特別企画女装評議会最終選考っ! 予選を勝ち抜いたえり抜きの美女が舞台に集結します!」
 司会者の大声と銅鑼の音が響く。
「お嬢様、遅れました」
「あぁ静蘭! ギリギリよ!」
 入賞賞品の豪華さと、冷やかし、物見高さとゲテモノみたさに客席に集まった人々は貴陽の人々の殆どなんじゃないのかという人出の客席で、真朱に付き合って合流に遅れた静蘭が邵可と秀麗の元に駆けつけたのは今正に選手入場が行われる大盛り上がりの真っ最中だった。
「よかったわ。休憩取れたのね」
「えぇ」
 如才なく頷く静蘭が、休憩をもぎ取らないはずがないしもぎ取れないはずもない。
「真朱の代わりの特別審査委員長、なんと霄太師なんですって! 静蘭知ってた!?」
「あぁ……えぇ、まぁ」
 先ほど黒幕から直接聞いたばかりだ。
「まさか霄太師だなんて信じられないー……藍将軍と絳攸様見てなんて思うかしら考えただけで恐いわっ。わたし大それたことしちゃったぁぁぁ」
 米俵に目が眩んでなんてことをわたし。
 秀麗はぞぞぞと背筋を震わせたが、やってしまったもんはしょーがない。
「あー……大丈夫ですよ、お嬢様。問題ありません」
 なんせ、王様まで出場している。
 ほーら出てきたー。





「なんで此処にいるんですか主上……」
 全くだ。
 楸瑛は白粉の下でげんなりする。馬鹿だ馬鹿だと思っていたがここまでとは。花菖蒲受け取ったのは早まったかと思いつつも、王だって花菖蒲渡したのは早まったかと思われかねない状況である。笑うしかないので作り笑いにも力が入る。気を抜いたら涙が出そうだ。
「そ、そなたらこそっ!! さては秀麗の歓心を買う算段だな油断の隙もないーっ」
「お前が静蘭に勅命をだしたからだ阿呆っ!!」
 三人はいっせいにぐりんと首を回し舞台袖を見やる。
 諸悪の根源たる真朱がうずくまってばっしんばっしん床を叩いて爆笑していた。此処で揉めては彼女を喜ばすだけだと悟る。
 特別審査委員長である霄太師がグワッハゲォッホガッホと咽ている。お迎えがもうそこまで来ている風情だ。そのまま死んじまえと舞台の三人は思った。



 客席では秀麗が壮絶な眩暈に額を押さえていた。



「おぉーっと!? 此処でギリギリの飛び込み参加ですっ」
 司会が舞台袖を見やると、主催者である真朱が親指を立ててゴーサインを出している。飛込みが受理された瞬間である。右手でサムズアップしていた真朱の背中に隠した左手は握り拳。
 キターーーーーーーーーーーーーっ!!




「飛び入り参加が受理されましたぁ!! 登録名"名無しの権兵衛さん・四"で………」




 高らかな司会の声が唐突に途切れた。飛び入り参加の名無しの権兵衛さん・四は泰然とした歩調でつかつかと舞台に上がる。
 音という音が一瞬で沈静した。
「あ、あの人……」
 舞台と客席を陶然のドツボに放り込んだ美貌の人に秀麗が声をあげる。その隣で邵可が珍しくも引き攣った顔をしているのが見ものだったが残念ながら目撃者は皆無であった。
 笑いすぎてとうとうひっくり返って痙攣している特別審査委員長に気づいた人も皆無。後に太師は"あの日あの時ワシは川の向こうの桃源郷を垣間見た"と語る。


 人類最終顔面兵器(命名紅黎深)、素顔の黄鳳珠の降臨に静まり返った場内。あまりの美しさに女装すらしてねーじゃねーかと突っ込む者も皆無。
 静蘭は真朱に言われて購入した木簡に視線を落とす。
 九番。有効になるかすらわからなかった、"最終選考飛び入り参加枠"。
「…………大穴、来ましたね」
 あの少女はどこまで予想していたのだろう。






 ―――全部読んでたに決まってきた。
「おさすがです鳳珠さま」
「………」
 総合したって一分も会場にいなかったくせに一番美味しいところと米俵をあっさりとかっぱらってのけた黄鳳珠は真朱の賛辞に素顔の愁眉で無言。その内心は斬鉄剣を鞘に収める石川五ェ門が呟く決め台詞「またつまらぬものを切ってしまった」ってゆー感じ。余裕綽々である。
「金の無駄をしたものだな」
「優勝景品かっぱらっといて何をゆーんですか」
 右側の舞台袖。退場した選手は左側に誘導されるので、此処にいるのは真朱と鳳珠だけだ。異次元の超絶美人の乱入で優勝だけが文句なく決定され、二位以下は座席からひっくり返って痙攣した審査委員長の人事不省のおかげで真朱が三秒で作成したくじ引きで結果を決めた。テキトーである。
 舞台の左袖では、くじ運がないのか四位に収まりぶっちゃけイイ恥かいただけの劉輝を秀麗が慰めている頃だと思われる。お野菜一年分と商店街半額券を獲得した絳攸と楸瑛はお役目ごめんとばかりにガツガツ化粧を落としているはずだ。
「九番買いました?」
「賭博は好まない」
「えー、もったいなーい」
「全く、下らないことばかりする」
 軽く小突かれる。
「だからー、美味しいトコ全部もってってそりゃーないですよー」
 真朱と鳳珠、別に結託していたわけではない。九番を静蘭に買わせたのはあくまで賭けだった。飛び入り参加枠を用意しておき、まぁ鳳珠がその気になって舞台に上がったら確実に来るだろーなという程度である。そこは本当に賭けだったわけだが―――(鳳珠が)来た、(観客が)見た、(真朱が)勝った。ガリア戦記か。
 このような催しになどまるで興味がなさそうな黄鳳珠に開催を知らせたのは当然真朱である。それも昨日今日の話ではなく、夏に。
 ―――黎深に託した株券売買の書翰、それに付随させた経営状況と今後の方針にバッチリ書いておいたのだ。女装大会主催しまーすと。あれが伏線だ。
 いまだかつて此処まで下らない拾われ方をした伏線があっただろうか。反語。
「お前はいくら儲かったんだ」
「いや赤字っす」
 ぱたぱたと手を振る真朱の答えは簡潔である。
「優勝賞品豪華にしたし、全商連に委託したつっても運営費もこっちもちですし、賭けの大本は親分衆に譲り渡して取り分は利益の一割、その利益も下街の生活向上に寄進すると約束してるので、足が出てます」
 最後の一文が予想外だったのだろう。鳳珠が麗しく柳眉を上げた。
「寄進だと?」
「はい。そんで総元締めを丸め込みましたんで。下街は自治意識が強いので、施しのような寄付は絶対受け取りませんから、このような形を用いました。浮浪児や、働けなくなった妓女を対象に読み書き算盤を教える費用に使うように頼んでおきました。彼らが仕切った賭博の利益の一割でしたら、まぁ何とか受け取っていただけるでしょう。金は金ですし」
 特に善意に溢れた行為でもないので、少し気まずく真朱は頬をかく。慈善活動をしたつもりはない。公営賭博の利益の何割かを寄進するのはある種の常識で、それを踏襲したまでだ。先日総元締めに語ったとおり、真朱は会社で潤沢に儲けている。金には困っていないし、浮浪児を見るにつけ思い出すのは、自分の力だけではどうしようもない現実と飢餓だ。
 思い出したくもないという自分勝手な理由を押し付けただけだ。ボランティア精神? なにそれ。
「…………その手があったか」
 低く呟いた鳳珠の脳裏には、国が先導して賭博を仕切るという可能性が浮かんだに違いない。いわゆる公営カジノだ。
「いや、面倒くさいからそれはやめといた方がいいと思いますけどね」
 不正を取り締まるだけの技術力が今は圧倒的に不足している。今回の賭博も一回くらいなら悪いことを思いつく前に皆単純に楽しむだろうと踏んで、さらに親分衆に思いっきり目を光らせてもらうという二重策で乗り切ったようなものだ。
 そういや都知事は本当に東京にカジノを作ったのだろうかと真朱は遠い故郷を思い出す。どうでもいいが。
「結局赤字を出してまで、お前は何をしたかったんだ」
「そりゃあ、ウチの会社の宣伝ですよ」
 何を今更と真朱はアッサリのたまった。
 彩雲国にはラジオもテレビもインターネットも存在しない。効果的な宣伝方法を思案して、このような大規模の催しを主催するという結論に達した。いくら真朱でも憂さ晴らしだけでコトをここまで大きくするほど性格は悪くない。むしろ、会社の宣伝の方が本命である。ただし兄を女装の谷底にどつき落としたのは紛うことなく性格の悪さだ。
「………そのうち他州に進出すると言っていたな。ねらい目は何州だ」
「茶州」
 鳳珠の眉が跳ね上がった。
「何故」
「茶州だけなんですよ。貴陽の流行が地方都市に流入しないのは。他の州は貴陽で情報操作をするだけで"王都の流行品"って勝手に伝播していくのに、あそこだけはその手段が通用しない。直接支部を立てて直販するしかないかなと……まぁ、今はまだ時期を見ている段階です。茶一族の動向が茶太保の逝去から不穏ですし、なんだかこの夏に少々の動きがあったようなので―――正式な州牧が朝廷から派遣され、あの州の流通を専横する茶一族に割り込む隙を見出せたなら、後宮を辞して俺が自ら出向く予定です」
 李真朱はその小さな手で布陣を敷く。一手一手に理由があり、一手は百手先のための布石で、布石の一手も無駄にしない。
 げに恐ろしきは情報化社会で当たり前に培われた情報操作能力。目に見えないものの価値を誰よりも知り尽くして利用する。
 鳳珠がわずかに吐息を漏らした。
「お前の会社の株を、一万株、購入しよう」
「え、マジすか!? やった、資金が出来たっ!」
 珍しくも素直にはしゃぐ真朱の頬を、鳳珠の手がなぞった。
 驚いて目を見開く少女に、超絶美人は深い声で囁く。




「―――あまり、生き急ぐな」




 優しい忠告に、言葉が詰まった。
「生き急ぐな。置いていかれる者のことを考えたことはあるか?」
「置いていかれているのは―――俺のほうなのに?」
 いっそ穏やかなほど凪いだ声音で問い返され、鳳珠は眉をしかめる。
 みんなみんな、先に行く。
 先を見据えて、迷わず進む。
 変われないまま、置いていかれる。急がないと見えなくなる。
 急がないと決めたけど、急がないと、見えなくなるから――だったら走るしかないじゃないか。







 ―――手を繋いでいた隣の背中が、自分を庇って立つようになったのは、いつからだろう。
 あのときまで、確かに対等だと―――思っていたのに。気がついたら、大きくなった背中に庇われていた。







 庇われるなど屈辱だといえば、きっと傷つく。庇われるのが屈辱だなんて、思いあがりなんだろう。格好悪い、情けない。
 小さな手。本当に、小さな手だ。守られるのにふさわしい、小さな手だ。
「こんなの、俺の手じゃないですよ………」
 握り締めれば更に小さくなる拳。
 知らず爪を立てた手に、ふんわりと衣がかかる。
「鳳珠さま……」
「少し、休め」
 軽々と抱き上げられて、頭をなでられた。
 吃驚する。
 おぉ今俺は鳳珠様の腕の中にいるぞうぉいマジですかいやちょっとまってさすがにこの距離はあかんですよ鳳珠さま顔、顔近い顔近すぎ鼻血出そっ……。
 ぐわんぐわん巡る血が頭をシェイクしてくれる。
 勘弁してとばかりに顔を上げれば、視界一杯に嫣然と微笑む黄鳳珠の超アップ。
 真朱の中でグダグダ旋回していた頑是無い感情や、根深い悩みが一瞬で―――物理的に吹っ飛んでくれた。






 ―――なんか悩んでいたような気がするのだがなんだかサッパリ思い出せない真朱は、頭と背中に残る温もりに首をかしげて舞台下を覗き込む。
「秀麗さまはお買い物券受け取ってくれたんですか?」
「うむ」
 ちんまりと膝を抱えて隠れていた劉輝は迎えに来た女官に頷く。
 想像以上にカッコ悪い結果になったが、秀麗は嬉しそうに受け取ってくれたので全部帳消し。王様はご機嫌だ。
 真朱は化粧を落とそうとする劉輝の手を止めた。
「真朱?」
「そのままお城に戻りましょう。珠翠さまが手引きしてくれますから、女官のフリして堂々と」
 大胆な提案に劉輝が噴出した。
「ははっ、余だとばれぬか?」
「デッカイ女官だなーと思われるだけじゃないすか? ちゃんと美人だし、心配なら羽扇で顔隠してさ」
 最後の最後まで茶目っ気を発揮して、ケケケと笑う悪戯小僧二匹。
 楽しいと思える記憶が、優しい思い出になって生きる糧になればいいと思う。自分も、一人ぼっちの王様も。
「あぁ、コレ渡すの忘れるとこだった。ほい、静蘭殿から」
「え?」
 手渡されたのは簡素な木簡。
「これは?」
「審査委員降りた代わりに開催した賭博の投票券。主上の番号ですね。何故か静蘭殿は一口だけ購入して、貴方に渡すように言付けられました」
「真朱は余の為に審査委員を降りてくれたのではなかったのか………でも、静蘭が……」
 応援してくれたのだ。


 あにうえ。


 そう呟いた唇を、真朱は見なかったフリをした。
「さぁ、お祭りは終わりです。また明日から、頑張りましょうね、王様」
「うむ」




 ―――楽しいと思える記憶が増えて、優しい思い出がこれからを生きる糧になればいい。








(鳳珠さま出張る出張る出張る畏れ入る。主人公の屈託と、絳攸の鈍さが兄妹の恋愛に至らない決定的溝で仮に恋愛書く気になってもコレを消化しないとどうしようもない。書く気あんまないけど)




モドル ▽   △ ツギ





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