「あの、それでわたしに何の用が?」
「おぉ。うっかり恐ろしくも辛気臭いマジ話で時間を食いましたね。大会が始まっちゃう」
 真朱はキョロキョロとあたりを見渡し、路地の目立たない露天に向かって静蘭の手を引いた。
「あの木簡、買って欲しいんですよ」
「………あれって」
「はい。女装大会の裏行事の投票券です」
「…………賭博ですか」
「えへ」
 真朱は可愛く笑ってみせたが可愛くない。中身が。
 一緒に祭りをまわるからといって、簪や首飾りをねだられるとは静蘭も夢にも思わなかったがねだられたのがコレ。賭博券。
 祭りを楽しんでいる人たちの半分は知りもしないだろう裏行事だ。よくもまぁ。
「そう言えば控え室でも同僚があんな木簡を握ってましたね」
 武官とはいえ下っ端の十六衛士達に賭博は馴染みの娯楽といえる。開催を知りつつも、静蘭自身は興味がなかったのであまり気にしていなかった。彼のお嬢様は一か八かの一攫千金などただの無駄遣いだと思っている。それは実に堅実で正しい意見だ。
「そろそろ受付を締め切る時刻ですからさっさと買わないと! わたくし一応関係者なので参加権ないんですよ。でもお勧めの番号があるんですーっ」
「兄上ですか?」
「ぶっ」
 ――噴いた。
 絳攸ではないらしい。なんというか、薄情な妹だ。
 静蘭は下馬評の張り紙に目を通して目を眇める。なんだか馴染みがない。組み合わせが無数にある。
「優勝を予想するだけじゃないのですか?」
「一位予想は単勝ですね。えーと他にも一位と二位を予想する連勝単式、順不同の連勝複式、一、二、三位を予想する三連単、三人選んで順不同の三連複、などがあります。見ての通り倍率が馬鹿みたいに違います。三連単なんかあてたら一攫千金ですぜ旦那!」
「……………………まさか真朱様」
「えへ」
「……………………これも主催してます?」
「あは」
 可愛く笑って見せてるが―――可愛くない。とにかく中身が!
「いやこれはですね、主催というかやっぱり企画で運営は親分衆に丸投げ、こーゆーふうにして賭け幅を広げてぇ、皆様にハラハラドキドキを味わってもらおうと……」
「親分衆にまで顔が利くんですか貴女は」
「いえそんなには。何とかつなぎは取れるって程度です。これは突撃持ち込み企画ですね。いやー恐かったですよー総元締め」
 もう、静蘭は言葉もない。
「こうするとお金が集まるでしょーついついあれやこれやと小額で色々買っちゃいますから結果的に。んでぇ、運営費と経費を全体から差し引いた額を当選者に配当します。計算では大体、興業主の儲け――控除率は二割五分ってところで、なんにせよ確実に儲かります。買い手が増えただけ興業主の儲けも当選者の配当も釣りあがりまして、ちょっと面白いでしょう?」
 二十一世紀ではそこそこ御馴染みの、公営競技のパリミュチュエル方式と投票法を真朱は彩雲国にガッツリ持ち込んでみせた。現代日本でこのシステムを採用している有名どころをあげれば競馬競輪競艇宝くじ
 お馬さん遊びは男の嗜みだ。どうでもいいが日本競馬は学生の馬券購入を禁止している。何故に詳しい
「しかし……女装大会は審査員が順位を決めますから、賭けの公平性を疑われたりはしないのですか?」
「あーたぶんダイジョブです。特別審査委員長として霄太師引っ張り出してみましたから」
 今度こそ静蘭は絶句した。
「朝廷では最悪の狸ジジィといーかんじに人望のないジーさんですが、あれでも一応朝廷百官の長らしいですから貴陽の人々の信頼度はバツグンでしょう。審査の公平性を疑うすなわち霄太師を疑うってわけで、なかなか出来ることじゃないと思いますが」
 語りながら霄太師の威光など露ほども感じてませんというどーでもよさそうな顔で説明を続ける。

 真朱は自分が審査委員長を降りたとき、折角の楽しみが一つ減ったので、社内娯楽で細々と楽しむつもりだった賭け事を一般解放することに決めたのだ。パリミュチュエル方式では賭けの元締めは必ず儲かるし、これも参加者が運営するのはありもしない八百長を疑われる可能性があったので、餅は餅屋でチンピラを束ねる親分衆に企画を持ち込んで委託、利益の一割で話をつけた。
 もともと競馬や宝くじなどで用いられる方式なので、審査という人為的な判断では公平性が疑われるかと一考し、己の後釜にマサカの大物を変な呪文で一本釣りしたクソ度胸万歳。
 大会の運営は全商連に託し、賭博の運営は親分衆に託し、自身は参加者を手伝って順位を競い………一粒で二度も三度も美味しく楽しもうと、そらーもう嬉々として暗躍した真朱である。

「…………もはや黒幕ですね」
「えへ」
 静蘭が認めた才能の素晴らしい無駄遣いを見た。此処まで清々しくドブに捨ててくれると感嘆の溜息しか出ない。
「――それで、真朱様のお勧めは何番なんです?」
「九番の単勝。一口で十分ですよ。さすがに三連単は予測出来ません」
「了解しました―――すいません! 九番の単勝と……三番の単勝を一口ずつ」
「あいよ!」
 投票券売りのオヤジの威勢のいい声が返った。
「………三番? 静蘭殿、主じょー……もとい、登録名"名無しのの権兵衛さん・弐"の単勝も買うんですか?」
「―――えぇ。ちょっと思うところがありまして」
 ちなみに名無しの権兵衛さん・壱が楸瑛で、参が絳攸だ。本名で出場出来る筈もないが――やる気のない登録名である。
 二枚の木簡を受け取り、静蘭と真朱は最終選考の会場へ足を向ける。
「何故、これをわたしに頼んだんです?」
「え、だって静蘭殿、王様の阿呆な勅命で一人不参加で丁度よかったし、それが当たれば秀麗さまに簪の一本や二本は軽いじゃないですか。当たるかどうかはまだわかりませんけど―――いつも荷物を持ってくれるから、そのお礼です」
 ということにしておく。



 先日目の当たりにして心胆寒からしめた静蘭の"ご利用は計画的に"の事前防御策の一環――とは言わない。
 言わぬが花だ命は惜しい。




「きゃー麗しいっさすが我があ・に・う・えー!」
「黙れっ」
「らんしょー、ゲフンゲフン名無しの権兵衛・壱さんもお綺麗です!! あははははははははははっ!!」
「…………それはどうも」
 客席へ向かった静蘭と別れ、選手控え室に訪れた真朱は酸欠になるほど爆笑した。
 主催者兼関係者ということで当然のように顔パスして入った舞台近くの選手控え室は、よりどりみどりの豪華絢爛なデッカイ美女で溢れている。笑いが止まらない。
 約一名、羽扇で必死で顔を隠している選手がいるが、それもどーぜ舞台に上がるまでのことだ。あえて今話しかけないのは真朱の情けである。側近の参加を事前に教えなかったのはライフワークとなりつつあるイジメだ。
 ―――舞台でしっかり双花菖蒲に怒られてください王様。
 絳攸も楸瑛も、真朱の予想を超える美人になっている。元のよさを差し引いても、さすがは秀麗と言ったところだ。真朱が飾り立てた劉輝といい勝負をするだろう―――審査委員長をつとめるジーさんが心筋梗塞を起こさなければ。あぁ、笑いが止まらない。
「げっへっへっへ、あー可笑しい!!」
「笑いすぎだ! 全く誰のせいだとっ」
「あーっはははははははーーっ!!」
 兄の説教も常の迫力がない。なんたって女装中だ様にならん。
 美人のお兄さんは好きですか。大好きです笑えるから。
 指を差して笑い転げる妹の手をばちんと叩き落したのは兄のなけなしの矜持だ。楸瑛はとっくに諦観の域に達して早く終わんないかなーと思っている。
「ご武運をっ!」
 司会の呼び声に、真朱は彼らを親指を立てて送り出す。
 舞台に行きがけの兄にぶっ叩かれた。
 ヅラがずれた。









(なんか途中までしか表示されない話があったりするという声があり、しかしこっちは正常に表示されるし原因はさっぱりわからないので取りあえず一話分を軽くしてみましたが、それでも見れないという方は………リロードでも……ごめんなさいホントに原因わからないよぅ)




モドル ▽   △ ツギ




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