―――天高く 馬肥ゆる秋 米俵 馬に蹴られて 吹っ飛んじまえ―――

 
李真朱、心の短歌。







 精米したての新米は瑞々しいのでいつもの分量の水で炊くと失敗する。べちゃーとなる。
 年齢が歯に来た老人ではあるまいに、白米は硬めが好きな真朱はこの時期食い意地で神経質になる。
 はじめちょろちょろなかぱっぱ。

 主上が泣いても蓋取るな―――…………アレ? 

「しんしゅ〜〜〜〜〜………」

 しゅこーしゅこーしゅこーしゅこーしゅこー。

「真朱〜〜〜〜聞いて欲しいのだー……」

 しゅこーしゅこーしゅこーしゅこーしゅこー。

「しん」
「やかましぃわっ!! 今忙しい見てわかれっ!! 米炊いてんだよっ!!」
 なんだか背後でぐずぐずと湿っぽく人の名を呼ぶ人物を確認もせずに一喝。
 真朱はすぐさま竈に視線を戻し、滅多にない真剣な面持ちで火の勢いを調節する。炊飯は火力が命。
「………………米はこう炊くのか。余ははじめて見た」
「あァん? どんな坊ちゃまだテメェー……て、王様じゃございませんか。納得」
 一瞬振り向いて、ようやく背後で膝を抱えて座っている劉輝に気づく真朱。体育座り似合いすぎる。
 気づいたが放置。今忙しい。
 釜底のおこげの香ばしい匂いが香るまで、その徹底した放置プレイは持続した。




「てゆーか王様、こんなところで何してるンすかこんな時間に」
 草木も眠る頃である。厨房に忍び込むにはこの時間しかない真朱はともかく(?)として、劉輝はここにいるのはおかしいのを通り越してここにいてはならない人物だ。割と今更な質問だった。
「うむ。真朱に会いに来た」
「来んな。今宵は恐れ多くも後宮一のド美女である女官長珠翠様が主上のお相手仕ってくださってんじゃねーかチクショー羨ましい何様だお前……そうか王様か」
 冴え渡る毒舌で悪態をついて一人納得する真朱の辞書には敬愛とか尊敬とかの美辞麗句がすっぽ抜けている。最初は面食らっていた劉輝だったがもう慣れた。慣れとは偉大だ。
 炊き上がった白米を仕上げに蒸らしている合間、隣の竈で煮ていたお惣菜を椀に盛る。本日の故郷の味は筑前煮だ。ご飯が進みます。
「美味そうだが……こんな時間にものを食べては胃にもたれぬか?」
 ひょいと覗き込むデッカイ子供を一瞥し、真朱は作業を続ける。
「俺の鉄壁の胃袋を舐めるな」
「太らぬか?」
「俺にゃー言ってもいいが秀麗様に言ってみろ殺されっぞ王様。秀麗様のみならず、この世の半分の人には禁句だからな。殺されても文句言えないんだ王様と言えど」
「き、肝に銘じる」
「よし」
 程よく蒸らし終えた白米を盛り付け、真朱はようやく顔を上げた。

「胃にもたれるし太るけど、王様も食べますかー?」

 きちんと装い、やろうと思えば礼儀も一級でありながら、素顔の真朱は相変わらず口は悪く仕草は粗雑だ。
 だけどこうして、当たり前のように劉輝をご飯に誘ってくれる。
「食べる」
「一応少しだぞ。夜中だし、口に合うかわからねーし」
 ぱっぱと劉輝の膳も用意して、真夜中の厨房の片隅で、王様と女官はこっそり夜食を食らう。世も末だ。
「……なんか、悪いことをしてるみたいでドキドキする。美味しい……」
「まーあんまり誉められたモンじゃないですからねぇ王様が厨房に忍び込んで夜食だなんて国沈みそう。あぁ絳攸には内緒だぞ本気で黙っとけ。意地汚いことするな馬鹿と一緒くたに怒られる」
「うむ。絳攸は怒ると怖い。内緒だな」
 その絳攸に怒られてばかりの二人なので瞬間、心一つに。
 双方の外見と肩書きを壮絶に無視すれば、二人の悪戯小僧に見えないこともない光景だ。
「今年の夏はすさまじく暑かったから、米の出来がいいな」
 ぱくぱく炊きたての白米を口に運びながら、舌の肥えた劉輝は新米の出来栄えに満足げに頷く。
「そーっすね。美味いだけじゃなく大豊作ですよ。よかったですねー」
「秀麗も大喜びしていると思うか?」
「確実に喜んでんじゃないでしょーか」
 脳裏に浮かんだのは「やっぱりお米は美味しいわっ」と感涙に咽ぶ秀麗の姿だ。あぁまざまざと思い浮べることが出来る。
「そーいやさっき何をグズグズ言ってたんですか。煩わしかったんですけど」
「煩わっ……酷い」
「人が一生懸命米炊いてるときに後ろから話しかけるからですよ。俺に何か用ですか? まさか腹減ってつまみ食いに来たわけじゃないでしょう?」
 やっと話を聞く気になった真朱が水を向ける。
「そうなのだ! 真朱、聞いてくれ!!」
「……聞きたくなくなった」
「はやっ!?」
「愚痴だろ。どうせ愚痴だろ」
「う……いや、違うのだ。相談だ!」
「……ものは試しに言ってみそー」
 我がことながら、真朱は自分が相談相手としては最悪の人種であると自覚している。何故なら彩雲国の人々とは根本的に価値観が違う。それが役に立つこともあるが、大抵の場合悩みを共有することが出来ないので親身な助言など望むべくもないのだ。その真朱を相談相手に選んだ劉輝は相当に詰まっていると推察した。




「最近秀麗が冷たいのだ!」
「いつものことじゃねーか」




 クロスカウンターの如き一刀両断に劉輝は卓子に沈んだ。
 しばし真朱がもくもくと米を咀嚼する小さな音のみが場を支配する。
 ごっくん。
「春にドキッパリとフラれてませんでしたっけ主上。もう秋ですよ?」
 追い討ち。
 人はあまりに強烈な痛みを覚えると、気絶することすらままならなくなる。今の劉輝は正にそれだった。とどめのような追撃に逆に覚醒。
「再挑戦中なのだ!」
「へーほーへー」
 馬耳東風の兆しが出た。真朱はそろそろ飽きてきたらしい。早い。早すぎる。
「よ、用意周到に、外堀を埋めつつ、磐石を敷いてだな、余は頑張って」
「一行恋文とか奇天烈大百科みたいな贈り物とかのこと言ってるんすか? 距離を詰めるどころか全力で逆走してるように見えますぜ主上。見事なムーンウォークです」 
「真朱は意地悪だーっ!!」
 スリラーなんぞ知らねども、酷いことを言われていることだけはよぅっくわかるので、劉輝はぶわわと泣いた。
「わかった、わかったから泣くな。俺がいじめてるみたいじゃねーかよーもう」
 いじめていないとでも思っているのだろうか。
 真朱は大概不遜だった。
「恋文は……受け取ってくれるのだ」
「返すのが面倒なんじゃ?」
「でも贈り物は受け取ってくれないのだ」
「ゆで卵と氷と彼岸花と藁人形でおなか一杯なんでしょう」
「贈り物は自分で稼いだお金じゃなきゃだめなのだと」
 真朱の相槌はいちいち打撃力がありすぎるので、劉輝はさりげなく無視することを覚えた。
 そろそろ会話じゃなくなってきている。言葉のキャッチボールというよりバッティング練習。
「そりゃ秀麗さまが無茶を言いますね」
 真朱、捕球。一塁からピッチャーに送球、投げた!
「そーであろう!?」
 ピッチャー振りかぶって。
「余は王が仕事なのにどうやって金を稼げというのだ!?」



「徴税?」



 一塁手李真朱が何故かホームラン。
「秀麗に嫌われるっ!! 嫌われるーっ!!」
 ピッチャー錯乱。

 そろそろ相談相手が最悪であるという事実に気づいていい頃だと思う。
 会話の拍子はトン、チン、カン。カキーン。
 夜は更けていく。






 豊穣祭の近い貴陽は、不可視の薄膜の中で水泡が浮かんでは弾けるような喧騒と賑わいにある。
 足取りの軽い人々の波間を縫って、足取りの重い李真朱がとぼとぼと歩く。
 歩調と気分は連動していない。足取りが重いのは荷物が重いからである。本日の食材を詰め込んだ風呂敷は両手では重くて持てなかったので、開き直って背に担いだ。腰を折って、風呂敷包みを担ぐというより背中に乗せるその格好は由緒正しきこコソ泥のアレによく似ている。均衡を取りながら振動を加えないようにそろりそろりと歩くので忍び足。もう完璧だ。
 仕立てのいい高価な衣を纏う深窓の姫君然としたほっそりとした少女が、えっちらおっちらどっこいせとオヤジくさい掛け声をぼやきつつ特大の風呂敷包みを担いで歩いているのだ。なかなかに珍妙な光景であり、道行く街の男達のお姫さま幻想を通り魔的にぶち壊していく。十戒の如く人並みが割れているのに気づきながら、真朱は「大きな荷物を持ってるから道を譲ってくれてんだなー」と暢気なものだ。気づけ。
「…………真朱様」
「あー静蘭殿お久しぶりです」
「…………まず、荷物をお預かりします」
 今日も今日とて真朱を迎えに出向いたお嬢様命の賢明でソツのない青年は余計の口を挟まなかった。礼儀正しく真朱の大荷物を代わり受けたが、慇懃な台詞の前の沈黙があまりにも雄弁だった。いくらなんでもそりゃねーだろと内心思っているに違いなかった。
「やー助かります。首絞まるかと思いましたよあっはっは」
 弟である劉輝は早々に慣れてみせたが、第一種接近遭遇回数の乏しい静蘭はいまだこの李真朱という少女を掴みきれていない。しかしそろそろ静蘭の常識がとことん通じない相手であるということはわかってきた。彼女は少女の皮をかぶった異界の人なのだと思い始めている。
 慧眼である。ずばりドンピシャ。
「あの、何故軒を使わないんですか? 紅家には一台といわず何台もありますよね?」
 真朱は邵可邸を訪れるとき、例外なく徒歩で来る。はっきり言ってありえない。中身はともかく真朱の立場は紛うことない深窓の令嬢なのだ。自分の足で歩くのは家の中だけという人種に分類される。
「そりゃありますけどね………ばばーんと家紋の入った真っ赤な軒に乗りつけて来いとおっしゃるので?」
「うわ」
 それは不味い。事情を知らない秀麗が卒倒しかねない。
「家紋のない軒は絳攸が出仕に使う一台だけなんですよね。どこぞの幽霊親族が自己紹介を完遂しなければわたくしに使える軒は一台もございませんわドチクショー」
 語尾に本音が駄々漏れた。静蘭は礼儀正しく聞かなかったことにする。
 春より数えて早半年。
 この日初めて、静蘭は真朱が何も好き好んで歩いてきているわけじゃないという事実を知った。しょーもなくも驚愕の新事実だった。
 せめてこの大荷物がなければもう少し楽なのだろうが、邵可邸の敷居手ぶらで跨ぐべからずという暗黙の強制了解がある。しかも真朱が持ってくる食材は目新しく秀麗は興味津々。真朱様でしたら空手でいらっしゃってもかまいませんよと口が裂けても静蘭には言えない。こうなれば男は黙って荷物を担ぐのみである。
「わっと」
 風呂敷包みを静蘭に渡したせいか、人並みが割れなくなりすれ違いざまに肩がぶつかり真朱はたたらを踏む。
「お気をつけて」
「あー、スイマセン……ありがとうございます」
 片手に馬鹿でかい風呂敷を抱えながら、危なげなく静蘭が真朱を抱きとめる。
 風呂敷さえなければ美男美少女で様になった光景かもしれないが風呂敷のおかげで所帯臭い。静蘭は意識して周りから自分たちがどう見えているかを考えないようにした。
「豊穣祭の準備で人が多いですね」
「そーですねー。今年は豊作ですし、色々と出し物もありますから盛り上がりそうですよねー」
「お嬢様も気炎を上げていますよ。なにやら評議会に参加するとかで」
「評議会て………」

 もしかして、アレ?





「うそー!? 静蘭出られないの!? 豊穣祭の特別警備要員!? しかも勅命!? 何それーーっっ!?」
 夕餉時の邵可邸に秀麗の悲痛な叫びが木霊した。
「すいませんお嬢様」
 表面的には申し訳なさを装っている静蘭だが、その心は計り知れないが多分安堵している。
 真っ当な男であればやはり嫌遠するというものだろう。





 女装大会、なんて。





「賃仕事と家事の合間を縫って仕立てた衣装と借りてきた宝飾品化粧品一式の立場はどうなるの!? てゆーか優勝景品米俵百票が狸の皮ーっ!!??」
 取らぬ狸の皮算用と言いたいらしいが略されすぎて意味不明。わかるけど。
 豊穣祭特別企画、女装評議会。一等米俵百俵、二等野菜一年分、三等四等彩七区商店街半額お買い物券の豪華賞品。秀麗は万年火の車の家計のため、もちろん一等賞を狙っていた。それは獲物を狙う鷹のように。
 幸いというか、秀麗の近くには彼女の美的感覚を底上げしてやまない美形静蘭がいる。絶対似合う。一等賞はいただいたと確信していた。
「嘘でしょぉ……っ」
 確信していただけにその落胆は激しかった。秀麗はがっくしと項垂れる。
「やっぱし女装大会のことだったかー」
 卓子で一部始終を見守っていた真朱が納得する。頷きながら秀麗手製の菜を口に運ぶ手は止まらない。隣には真夏ぶりに邵可邸訪問が重なった絳攸と楸瑛もいた。やっぱり黙々と菜を食べている。嫌な予感がするので決して口を挟まない彼らは賢明だったがそうは問屋が卸すかどうか。
「これ美味しいね真朱殿。初めて食べる食感だけど」
「あーそれ牛蒡です。牛蒡の根」
「牛蒡!?」
 楸瑛が驚く。紅家で作った際も黎深らが驚いたので真朱は慣れたものだ。すでに驚いている絳攸も今更でぱくぱく食べている。
 ささがきしたゴボウを酢にさらしてアクを抜いて茹で、粗熱をとってから卵黄と油と酢を混ぜ合わせたタレつまりマヨネーズで細く割いた鶏のささ身とあえて白ゴマを振っただけのゴボウサラダである。隠し味に一匙の味噌。真朱にとってはコンビニでも売っていた惣菜なのだが、彩雲国ではとことん珍しいようだ。彩雲国で牛蒡は丸い葉と茎が薬草や食用として使われるのみで根は捨てる。食べない。日本人食べる。ゴボウといったら根っこ。美味しい。文句あるか。貝になるのを恐れない真朱である。むしろ葉と茎を捨てようとしたら一緒に厨房に立っていた秀麗が驚いて、さっと茹でてから炒め物にした。ゴボウ超有効活用。
 これからは根まで食べるわと握りこぶしを作った秀麗が卓子の向こうで落ち込んでいる。静蘭がなだめているが、秀麗はすでに目の色が違う。呪文のように口元からは「こめだわらこめだわらこーめーだーわーらー」という声が漏れており、壮絶な空振りとなった意気込みが執念と化している。
「こ、こうなったら藍将軍!! 静蘭の代わりに出ていただけませんかッ!?」
 白羽の矢が立った楸瑛はもとより、李兄妹もおんなじ仕草でずっこけた。
「はっ!? いや、わたしは」
「衣装は少し裾を直せば大丈夫だと思うんですっ!! 藍将軍も静蘭と同じく間近で見たら睫毛むしりたくなるほど長いし、行けます! 絶対に行けます米俵百俵!!」
 皆まで言わせず秀麗は畳み掛けた。
「二等お野菜一年分三等四等お買い物券なんです! 賞品は折半、いえ、二割でもいいですからーっ!!」
「いやあのわたしは賞品は……」
「それはいい考えですねお嬢様。藍将軍には沢山の貸しがありますからここらで一括で返してもらいましょう」
「…………藍将軍、静蘭殿に借りなんていつ作ったんですか何たる自殺行為」
 冷や汗をかいている楸瑛に、真朱がこそり伺う。
「……借りたつもりなんてないんだけど気がつけば借りたことになっていて坂道を転げ落ちる雪だるまのように」
 借金取りよりえげつない。静蘭は彩雲国一"ご利用は計画的に"という文句の似合う青年だと思った。
 秀麗の期待に満ちたつぶらな瞳と静蘭が澄ました顔の下で放つ殺気に似た威圧感に楸瑛の進退窮まる。
「藍将軍、もう首括るしかないんじゃないでしょーか」
 真朱が呟き、他人事のように絳攸が頷く。括るのは腹じゃなくて首らしい。ご利用は計画的に。
「――――わかった」
 おぉ、漢。
「絳攸も出るならわたしも出よう」
「ふざけんなっ!!」
 死なばもろともか。
「絳攸様も出てくださるんですかっ!?」
「ぶはっ! さすが藍将軍良いところに目をつける!!」
 手を打って爆笑するのは一人蚊帳の外の真朱。

「絳攸はウン年前の豊穣祭女装大会少年部門優勝者です」

 薄情な妹は、助け舟を出すどころか兄を指差し、いらぬ恥を暴露して駄目押しをしてくれた。
「真朱ーーーっ!!」
「事実じゃん」
「はははなんだわたしより絳攸の方が適任じゃないかなんたって優勝経験者」
「やかましい黙れ誰が女装などするか二度とするかっ」
 双花菖蒲、恥も外聞もなく押し付けあう。押し付けられたほうが外聞が悪い。だって女装ですから。
「よかったですねお嬢様。お二人が協力してくださるようですよ。確実に上位を狙えます」
 静蘭、どちらも逃がさない。輝かんばかりの清々しい笑顔で微笑んでいるのに、何故か周囲が黒く映る。
「そうね、やったわ! 有難うございますお二人とも!! 急いでもう一着衣を仕立てなきゃ!!」
 秀麗が礼の前払いで退路を塞ぐ。
 静蘭と秀麗の鮮やかな連携に、真朱はほとほと感心した。
「ねぇ真朱! 絳攸様はどんな衣装が似合うと思う? 前の大会で衣装見立てたの真朱でしょ?」
 お鉢が回って来た。笑い転げていた真朱はぐふっと喉を詰まらせた。
「っ、おほほほ、それはわたくしではございません」
 件の衣装を見立てたのはなんと黎深。「ふふふわたしが見立てたこの衣装まさか着たくないなんていわないだろうね絳攸フフフ」――在りし日の絳攸少年はそうして退路を絶たれたのであった。真朱は見ていた。見たというかやっぱり腹を抱えて笑っていた。
「そうなの? でも真朱はいつもきちんとお化粧してさりげなく着飾ってて趣味がいいわよね。ねぇ一緒に衣装作らない?」
「あ、いやー……その、わたくしは、ちょっと」
 秀麗のお誘いに、嬉々として悪ノリするかと思われた真朱は意外なことに困って眉尻を下げた。
「あ……そうよね。やっぱりお兄様の女装を手伝うなんて嫌よね。ごめんなさい不躾なこと言って」
「いえー、別に絳攸が女装しようと裸踊りしようと他人のフリしますからそれは構わないんですが」
「オイッ!?」
 しゅんと顔を伏せた秀麗に真朱は慌て、人格を疑われるような発言をされた絳攸がたまらず叫んだりしたがそれは無視。



「今大会は立場上、お手伝いできないんです―――わたくし、主催者なので



「………は?」
 誰かが呆けた声を上げた。
「しかも審査委員長ですの。特定の出場者を贔屓するわけにはいきませんでしょうオホホ」
「元凶はお前かーーっ!!??」
「馬鹿企画なら任せろ!」
「威張るなっ!!」
 自慢じゃないDカップを誇張するように胸を張ったら兄に頭を叩かれた。付け毛がずれた。
「おほほほわたくしは入賞賞品を提供しただけですわぁ。運営自体は全商連に委託していますから、主催者というより出資者の立場ですけど。以前の大会主催者は内乱で貴陽を去ってしまわれたらしくここ何年か開催されていなかった豊穣祭女装大会ですが、街の人々の楽しみの為に今年から復活させましたのわたくしが」
 髪を直しつつ笑顔で語る。



 なんって余計なことをっ。



 絳攸と楸瑛は内心で絶叫した。
 恐らく、その目的は心情的に毎日毎日女装しているような状態である真朱の気晴らしだろう。後光の見えそうな真朱の満面の笑みがそれを証明していた。俺の苦労を少しは味わえヤロー共――そんな幻聴が聞こえそうなイイ笑顔だった。
「そういうわけでお手伝いはできませんが個人的には秀麗さまを応援いたしますわ。頑張ってくださいね。でも審査は平等です」
「復活させてくれて有難う真朱! 望むところよ、わたし、頑張るわ!!]



 少女らの奇妙な結託に、いけにえの羊が二匹、決定した。










(知る人ぞ知る豊穣祭ネタ。当初は拍手予定だったんだけど長くなったんで本編昇格。馬鹿テンション)




モドル ▽   △ ツギ




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