彩雲国ぶらり二人旅 …………はじまりは、多分"とんかつ"だった。 李真朱は回想する。目の前の物体や臭い、横の男の台詞は必死で無視だ無視ィィィィ!! 「これは無残な」 「うるせー黙れー俺は今回想に忙しいんだ何にも見えない聞こえないー」 人はそれを現実逃避と断じてくれるが、それくらい本人の自由裁量ってコトで見逃して欲しい。 だから、始まりはトンカツだったんだー。とんかつとんかつ。おいしいよね。 まだ肌寒い貴陽を出立したのは半月前のこと。ちらほらと見合いの書翰(兄宛)が届き始めて花より早く春を感じる風物詩にそろそろ逃げなあかんと知るやいなや即実行。会社の仕事を部下に押し付け「お嬢様ぁぁぁぁお待ちくださいぃぃぃ」という絶叫から耳を塞いで季節外れのロングバケーション(仕事じゃねーじゃん。でも名目は"出張"だ)に洒落込もうとした自分が悪かったのかというかもう何が悪かったのかわからないがこの事態の責任は半分以上隣の男に由来すると思う。俺は悪くない。つまり隣の男―――藍龍蓮が悪い。うん。 「面妖な。マタタビの君と歩くとこのような事態によく遭遇する」 「面妖なのはお前の存在そのものだー」 だからこの事態の責任は藍龍蓮に帰結する。うん。 李真朱の脳内では矛盾のないただの事実である。 追っ手をまいて(本気で追っかけられてはいない。多分武士の情けだと思う)やってきたとある街を物珍しそうにきょろきょろ歩いていたところ、鬼気迫った形相の人々が東京湾から上陸したゴジラから逃げ惑うような風情でわき目も振らず逃亡しているところに出くわした。 風が運ぶ笛の音に全てを悟り、真朱もザバッと踵を返す。 ――――が、遅かった。 「久しいな。元気そうで何よりだマタタビの君」 「元気今飛んでった。遠いところに飛んでった帰って来い元気〜………てゆーかまたお前か藍龍蓮ーーーーーっっ!! マタタビいうなっ」 一年ぶりの再会はいつだって望んでいない。何で会うかな。 「はっはっはやぁ龍蓮久しぶりだなっ! じゃ、そゆことで………何で憑いて来る」 誤字にあらず。 「マタタビの君は危なっかしくて放っておけぬ」 「ぐぁっ今俺全存在否定されたような気がするチクショーがきのくせにガキの癖にガキノクセニーーーっっ!!」 のしっと小柄な少女に取り憑くおんぶお化けだが、李真朱、春先とはいえいまだ低血圧の低体温。あったかいからあんまり気にしない。極ナチュラルに藍龍蓮は真朱の血圧を上げてくれるためむしろ健康に一役買う。 李真朱が藍龍蓮に遭遇すると大抵ろくな目に合わない。 色んな意味で。 「…………ま、いーけどな。龍蓮は良い用心棒になるし。守ってくれてんのちゃんと知ってる」 基本的に、真朱は男に守られることを良しとしない継続された身の程知らずな矜持の持ち主であるが、龍蓮は除外。もしくは論外。 なぜなら遭遇する事件の次元が違うから。性別なんて些細なことなのである。もうぜんぜん気にしない。 「…………」 ぽぴー。 「照れるなー。てゆーか照れ隠しで笛吹くなー」 周りの被害が。 「……風流なる菜を所望する」 「あーん。何食いたい〜?」 基本的に、仲はすっごくいいのだ、これでも。 だがしかし。 藍龍蓮と遭遇すると何かが起こる。これは太陽が東から昇るのと同じくらい当たり前のことであって真朱にとっちゃあ今更だ。それはいい。すでに明鏡止水。 藍龍蓮が李真朱をさりげなく守ってくれているのを知っている。だから大抵のわがままは聞いてやる。持ちつ持たれつ。良い関係だ。これもいい。 ―――だがしかしっ。 藍龍蓮と遭遇することで起こるイベントもある。これは許容範囲外!! 例えば熊な! あれは龍蓮が"熊鍋を所望する"とか言わなければ真朱が熊に襲われることもなかったわけで! 退治してくれたからって感謝の祈りを捧げてやるかってんだお前のせいだちゃんちゃらおかしい!! 「だからこれはお前のせいだっっ!!」 「なにゆえそうなるのだ」 「うるせーこんの名探偵体質っっっ!!」 目の前には惨殺死体。 しかも現場は龍蓮と真朱が踏み込むまで密室だったと言うオマケつき。 李真朱、自分がワトソン体質だとは、太陽が西から昇ろうと認めない。 「奇行の目立つ超天才なんてミステリーの探偵役でしか登場しねーんだよぉぉぉぉまた殺人事件!! しかも密室なのに超他殺うぅぅぅ!!」 「博学多識な相棒がいてわたしも心強い」 「俺はワトソンじゃないーーーっっ」 真朱、現実逃避に失敗、死体を捉えてあっさり意識を手放す。血、死体、駄目。 名探偵と助手が揃えば事件が起こらぬはずがない。 世界平和のため李真朱が藍龍蓮と距離をとろうと無駄な努力をしてみる根拠はコレ。 「だいたい最初はそこそこ栄えた街にいたのになんでこんな辺鄙な山奥の村に来なきゃなんないのさ俺あんまり体力ないのに登山だぜ登山!!」 結局山腹でへばって以降龍蓮にはいほーされた。 「すべては幻の黒豚のためだマタタビの君」 「そこがわっかんねーんだっつの普通の豚でも充分美味かっただろ"とんかつ"!!」 「うむ。普通の豚でも美味だったがゆえ、この村特産の幻の黒豚で作ればもっと美味いはず」 「なにげに食い意地張ってんだよお前はっ! いいけど俺を巻き込むなっ!!」 しかもやっぱり起こるし殺人事件!! 舞台は山村。ちょっぴり古めかしい風習が残ってたりして横溝風だ。普通に恐い。村長が惨殺された。もう泣きたい。あの光景しっかりトラウマだ。 「すでに"ぱん粉"なる衣を作るのに最適な最高級小麦は手中に収めているではないかマタタビの君。後は豚だ。肉と豚脂」 「本日の特選素材〜幻の黒豚〜……犯人わかってんならとっとと挙げちまえ〜」 もうどうでもいい。 「ふむ。対価に豚を一頭譲り受けることにしよう」 「少しは死体に敬意を払えな?」 「近くに温泉が湧いているらしいぞマタタビの君。帰りに寄るとしよう」 「話きけっつの」 旅はいつだってミステリー風味美食もあるよ温泉だって入っちゃう盛りだくさん二時間ドラマ形式。 「マタタビの君は温泉に入らぬのか」 「少しは隠せ。俺がソレと二十一年付き合った実績がなかったら大絶叫ものだぞお前」 「気持ちいいぞ」 「…………まぁいいか。入る」 李真朱女失格。 「満天の星の下、山の動物たちと湯につかるとはいと風流」 「笛で思いっきり動物追ん出した奴の台詞じゃねー」 ギギャォウと泣いて逃げた猿の群れを見送った真朱も同罪。 「とんかつは美味だった」 「村長可哀想だったな。あれ濡れ衣だし」 「俗世はかくも醜きものだ」 「あーつかれたっ!」 「マタタビの君、花見酒だ」 「おぉっ!」 龍蓮が地酒を差し出し、真朱が顔を輝かせる。 早咲きの山桜を星明りで見下ろして、かちんと杯を鳴らす。裸? 気にしない。 割れ鍋に綴じ蓋と人は言う。 (世にも不吉なマタタビコンビ、その真相。迷惑なのは、だから周りの人) △ モドル ▽ |