<すりすり虫の夜>




 もぞ。
 もぞもぞ。もぞ。
 予備宿舎第十三号棟別室生活初日―――真朱は頭から被った布団の中で手足を忙しなく擦り合わせる。しかし摩擦熱はあっという間に拡散してしまう寒い。
 悴む指先に息を吹きかける。吹きかける、吹きかける、吹きかける吹きかける吹きかける―――布団の中で二酸化炭素が飽和したのか、息苦しくなった。
 寒い。
「………………………………さむい
 もぞり。
 李真朱はいつまでたっても暖まらない己の布団から這い出ると、頬を撫でる隙間風に身を震わせた。
「さむいさむいさむいさむいさむい…………しゃむい」
 草木も眠る丑三つ時、獄中を徘徊する幽鬼の如き足取りで真朱は熱源を求め徘徊する。
 熱源感知。
 もぞもぞもぞり。ぴと。
「…………マタタビの君か」
「さむい」
 お邪魔しますも言わずにお邪魔した少女に、つい先ほどまで健やかな寝息を立てていたはずの龍蓮は驚くでもなくその冷えた身体を抱き寄せた。
「これが俗に言う夜這いというものか」
 間違っていない。
「さむい」
 会話になってない。
 真夜中の不法侵入者ならぬ布団闖入者はもぞもぞと他人の布団の中我が物顔で蠢き収まりのよい場所を探し当てると、龍蓮の胸元に鼻面を寄せた挙げ句冷えた足を絡ませて満足げににぱぁと笑って―――すぅすぅ夢の中へ。
 スリスリ虫はすりすりする。
「―――よき夢を、マタタビの君」
 応えはない。

 翌朝、影月(発見者)の絶叫が獄中に木霊した。



 二日目の夜は布団の配置に細心の注意が払われた―――主に真朱と龍蓮以外の三名が検討に検討を重ね、とにかく真朱と龍蓮の布団は出来るだけ離すことで合意。
「と、年頃の男女が雑魚寝をするのはよくないわ、よくないわよね!?」
「絶対よろしくありません!!」
「けしからんっ!!」
 とはいえ牢獄内は手狭だ。男三名女二名の布団を出来うる限り引き離してみたが、その間は一歩分あるかないかでしかない。不安だ。
 ―――朝告鶏の声より先に迸った影月の絶叫に飛び起きた秀麗と珀明は、一組の布団ですやすや眠る真朱と龍蓮の姿を目にして卒倒した。ある意味二度寝である。
 その後爽やかに起床した問題の両名は同衾に対し何の感慨もないのか至ってフツー。
「なななななななんっで真朱が龍蓮の布団で寝てたのよーーーーーーーーーーっっ!?」
「…………すいません、寝惚けましたわたくしが
 真朱が自首した。
「真朱がっ!?」
 他に誰が。
 龍蓮が真朱の布団にもぐりこんでいたのならともかく、真朱が龍蓮の布団にもぐりこんでいたのだから証言は恐らく偽りはないとは思う。思うけど、思うんだけど。
「私は女人の褥にもぐりこむようなことはせぬ」
 現行犯の片割れである龍蓮がいかにも心外だと胸を張る。
「でももぐりこまれたら追い出さないんですねっ!?」
当然だ
「珀明さん珀明さんはくめいさーーーーんっ!!! 寝ている場合じゃありません起きてください龍蓮さんに教育的指導ですっ!!!」
 影月が夢の中に逆戻りした珀明をガッツンガッツン揺り起こした。
「なんでよりによって龍蓮の布団なの真朱っ!!」
 その傍らでは秀麗が乙女心から真朱を尋問していた。
「近かったからだと思いますが」
 他にどんな理由があるのだと李真朱は即答。
「……………………………………し、信じていいのよね?
「どーゆー意味ですか秀麗さま」
 こちらもいかにも心外だと眉を顰めた。そしてなんでそんなこと改めて訊ねるのか心底解からないと首を傾げる。
「―――見ればお解かりでしょう?」
 そこはお嬢様らしく、事後の形跡はないだろうがという台詞を婉曲にしてみた。


 わ か ら な い か ら 訊 い た の だ 。


 秀麗、影月、珀明の三名に現場検証で判断する知識と何より経験値がないことが災いした。
 証言を鵜呑みにしてもいいのだろうか。
「ありえませんから」
 容疑者一名は力強く断言する。
 しかし疑惑は解消しきれぬまま二日目の夜を迎え、経験不足三名はとりあえず朝方の真朱の証言に基づき両名の布団をなるべく引き離す対処を講じた―――というワケである。
 その日の布団は壁際に真朱、隣に秀麗。なけなしの境界線を挟んで影月、珀明、鉄格子側に龍蓮という配置に落ち着いた。
 ―――が。


 もぞ。
 もぞもぞ。もぞ。
 予備宿舎第十三号棟別室生活二日目―――真朱は頭から被った布団の中で手足を忙しなく擦り合わせる。しかし摩擦熱はあっという間に拡散してしまう寒い。
 悴む指先に息を吹きかける。吹きかける、吹きかける、吹きかける吹きかける吹きかける―――布団の中で二酸化炭素が飽和したのか、息苦しくなった。
 寒い。
「………………………………さむい
 もぞり。
 李真朱はいつまでたっても暖まらない己の布団から這い出ると、頬を撫でる隙間風に身を震わせた。
「さむいさむいさむいさむいさむい…………しゃむい」
 草木も眠る丑三つ時、獄中を徘徊する幽鬼の如き足取りで真朱は熱源を求め徘徊する。
 熱源感知。
 もぞもぞもぞり。ぴと。
「むにゃ………? なんですかー?」
「さむい」
 お邪魔しますも言わずにお邪魔した少女に、つい先ほどまで健やかな寝息を立てていたはずの影月はこれでもかというほどに硬直した。
「ししししししししし真朱さんっっ!!??」
 影月は大混乱。
「さむい」
 なるほど少女は寝惚けている。
 真夜中の不法侵入者ならぬ布団闖入者はもぞもぞと他人の布団の中我が物顔で蠢き収まりのよい場所を探し当てると、影月の顔をムギュっと胸元に引き寄せた挙げ句冷えた足を絡ませて満足げににぱぁと笑って―――すぅすぅ夢の中へ。
 スリスリ虫はすりすりする。
「ふぎゅっ!? ちょ、しししししししし真朱さぁんっ!? むぐーっ」
 やややややややや柔らかいんですけどどうすればいいんですかっ!?

 応えはない。

 翌朝、秀麗(発見者)の悲鳴が牢獄に木霊した。


「…………マジごめん影月くん」
「ぽよぽよ………ぽよぽよ………」
 爽やかに起床した真朱は一目で一睡もしていないとわかる影月に一もニもなく陳謝した。大切な試験中だというのに影月の面には不吉なほどくっきりと黒ずんだ隈が。
 ―――ほんっとゴメン。
「あは、あはは…………あははははー。太陽が黄色いですー
 その発言はヤバイから。
 秀麗、影月、珀明の三名に証言より判断する知識と何より経験値がないことが幸いした。 
「マタタビの君は本当に誰でもいいのだな………もてあそばれた
黙れ
 どこまで本気だかサッパリわからないものの傷心を装う龍蓮を返す刀で両断しておく。事態をこれ以上ややっこしくしないで欲しい。
「小動物!! お前もお前だぁ! 無害なフリして良識は何処行ったっ!?」
「すすすすすすすすいませんーーーっっ!! でも無理ですあれは無理です動けません腕一本動かせませんっ!! だって柔らかいんですよっ!?」
 叫んで真っ赤になった影月に、何処が柔らかいのか想像してしまった珀明も真っ赤になった。
「え・い・げ・つーーーーーーっっ!!」
「わわわごめんなさいごめんなさいーーー」
 青年の主張の傍らでは秀麗が乙女心から真朱を案じていた。
「…………………………………………………し、信じていいのよねっ!?
「どういう意味ですか秀麗さまっ!!」
 真朱はいかにも心外だと泡を食った。そして本気で勘弁してくださいと天井を仰ぐ。
「―――影月君は、犯罪です



 ナ ニ ガ 。



 容疑者一名は力強く否定する。
 ショタの十字架は重過ぎる。


 ―――しかし疑惑は解消しきれぬまま三日目の夜を迎える。
 その日の布団は壁際に真朱、なけなしの境界線を挟んで秀麗、珀明、影月と続き鉄格子側に龍蓮という配置に落ち着いた。どうあっても真朱と龍蓮は両端でなくてはならないらしい。同じ結果を迎えても影月が一つだけ壁際に近いのは―――日頃の行いと人柄の賜物と思われる。
 しかし。

 もぞ。
 もぞもぞ。もぞ。
 予備宿舎第十三号棟別室生活三日目―――真朱は頭から被った布団の中で手足を忙しなく擦り合わせる。しかし摩擦熱はあっという間に拡散してしまう寒い。
 悴む指先に息を吹きかける。吹きかける、吹きかける、吹きかける吹きかける吹きかける―――布団の中で二酸化炭素が飽和したのか、息苦しくなった。
 寒い。
「………………………………さむい
 もぞり。
 李真朱はいつまでたっても暖まらない己の布団から這い出ると、頬を撫でる隙間風に身を震わせた。
「さむいさむいさむいさむいさむい…………しゃむい」
 草木も眠る丑三つ時、獄中を徘徊する幽鬼の如き足取りで真朱は熱源を求め徘徊する。
 熱源感知。
 もぞもぞもぞり。ぴと。
「ん……、!? なっ!? はぁ!? ちょ」
「さむい」
 お邪魔しますも言わずにお邪魔した少女に、つい先ほどまで健やかな寝息を立てていたはずの珀明はこれでもかというほどに身を強張らせた。
「ししししししししし小動物っ!! 小動物っ、起きろッ!!」
 珀明は隣に眠る影月に助けを求めるが、昨夜完徹の影月は泥のように眠りこけて微動だにしない。
「さむい」
 碧珀明、人生最大の危機。
 真夜中の不法侵入者ならぬ布団闖入者はもぞもぞと他人の布団の中我が物顔で蠢き収まりのよい場所を探し当てると、珀明の頬にムニっと己の頬をぴっとりくっ付けた挙げ句冷えた足を絡ませて満足げににぱぁと笑って―――すぅすぅ夢の中へ。
 スリスリ虫はすりすりする。
「―――っ!?〒▼§◎£$欠tr√凵焙HЕЩЫЭ!?」
 コレは不味い。不味すぎるーーーーーっっっ!!!

 応えはない。

 翌朝、龍蓮(発見者)の笛の音が牢獄に木霊した。


「……………申し訳ありませんでしたっ」
「…………………………………」
 爽やかに起床した真朱は脳みそ過負荷で失語状態の珀明に一もニもなく頭を下げた。本日は詩作声調の試験だというのに珀明がこれでは話にならない。
 ―――ほんっと申し訳ない。
「……………………………………」
「……………………………………」
 真っ赤な珀明に雄弁な沈黙で目を逸らされ、真っ当かつ尤もな反応にさすがの真朱も羞恥を覚え頬を染める。

 互いに照れる初夜翌朝の若夫婦みたいになった。

 李真朱が珍しくも己を客観視できなかったのが幸いした(出来てたら舌を噛んだ)。 
「マタタビの君。何故珀明にだけそこまで照れる」
星に還れっ
 それは禁じられたツッコミだ―――事態をこれ以上引っ掻き回さないで欲しい。
「珀明さん珀明さんは・く・め・い・さーーーーんっ!! 喋ってください! 今日は詩作なんですよっ!?」
「……………………………………………っ」
 一番深刻かもしれない。
「これは………不味いですね。声が出なければ話にならないではありませんかっ! ここは原因のわたくしが一肌脱ぐしかっ!?
「そこでどうして夜着に手をかけるの真朱ーーーーーーーーーっっ!!!」
「ショック………衝撃療法と言いますかなんというか」
「珀明息絶えるわよ!!」
 トドメの一撃の間違いだろうソレ。
 責任を感じた真朱が文字通りナニカやらかそうとしているのを秀麗が乙女心から必死で止めた。

「…………………………………………………ねぇっ!? 信じていいのよねっ!?
「どういう意味ですか秀麗さま――――いえ、しかし原因も責任もわたくしにあります」
 真朱はマトモな少年に己が喰らわせたダメージを慮り、決断する。
「―――もしものときは、全力で責任を取らせていただきます」



 一 生 か け て 償 い ま す (=結婚?)。



 甲斐性は売るほどある。もう安心してに来い。
 ―――どっちが嫁かは言わぬが花。


 波紋と禍根を残したまま最終日の夜を迎える。
 その日の布団は壁際に真朱、秀麗。なけなしの境界を挟んで龍蓮、影月と続き鉄格子側に珀明だ。初日の衝撃に見逃していたが、案外一番(真朱にとって)安全で、一番(当人にとって)安全なのは龍蓮だとの結論に達した。なんせ龍蓮は文句なしの美少女に抱きつかれつつ爆睡していたのだ。その偉業の意味を今は皆知っている。
 ―――で。

 もぞ。
 もぞもぞ。もぞ。
 予備宿舎第十三号棟別室生活最後の夜―――真朱は頭から被った布団の中で手足を忙しなく擦り合わせる。しかし摩擦熱はあっという間に拡散してしまう寒い。
 悴む指先に息を吹きかける。吹きかける、吹きかける、吹きかける吹きかける吹きかける―――布団の中で二酸化炭素が飽和したのか、息苦しくなった。
 寒い。
「………………………………さむい
 もぞり。
 李真朱はいつまでたっても暖まらない己の布団から這い出ると、頬を撫でる隙間風に身を震わせた。
「さむいさむいさむいさむいさむい…………しゃむい」
 草木も眠る丑三つ時、獄中を徘徊する幽鬼の如き足取りで真朱は熱源を求め徘徊する。


 その足首を。


「捕まえたわっ!!」
 狸寝入りで息を潜めていた秀麗が引っ掴んだ。
 おぼつかない足取りを掴まれた真朱はつんのめって秀麗の布団に突っ込んだ。
「……さむい………いたい?」
 布団の上とはいえ強かに額を打ち付けた真朱は寝惚けつつ悶絶する。
「さぁ捕まえた! やっと捕まえたわよ真朱!!」
 触れた足首のあまりの冷たさに、三日三晩見事に通過されていた秀麗はギクリした。まるで氷のようだ。
「さむい」
「寒いはずだわっ! こんなに冷えて―――これじゃ眠れるはずがないわ」
 普段の理知的な少女にあるまじき夜間奇行の原因がここに判明した。
 そういえば真朱は龍蓮の布団にもぐりこんだ次の日は湯たんぽを用意したし、影月の布団にもぐりこんだ次の日は影月に相談して普段より強めに処方した薬を飲んでいたし、今宵は肌着を二枚着込み上着を二枚着込んで就寝した。本人はそれなりに対処を講じていたらしい。彼女とて好き好んで他人の布団に侵入していたわけではないことは、翌朝「男と二人寝……っ」とこっそりガックリ肩を落としていたことから知れている。

 ―――そこで、一番手っ取り早く、問題のない方法を取らなかったのも、彼女らしい。

「ね、真朱。一緒に寝ましょう」
 一番手っ取り早く、問題がないのは、同性の秀麗との共寝に決まっていた。
 寝惚けた、としか彼女は言わなかった。それも事実なのだろうが―――龍蓮は何も言わなかったし、影月と珀明はそれどころではなかったのだろうが、真朱がここまで四肢を冷やして眠れずにいたとわかったなら、秀麗はもっと早くこの誘いをかけたはずだ。
 李真朱は紅秀麗の普段の暮らしをよく知りながら、徹底して秀麗を紅家長姫、目上の者として礼儀を守っている。まかり間違っても彼女から秀麗に「寒くて眠れないから一緒に寝てください」とは言うまい。口が裂けても言うまい。
 理由がそれだけではないだろうことを薄々察しつつ、彼女が寒がりという話は聞いていたのに、気づくのが遅れた秀麗は後悔していた。
「一緒に寝ましょう。ね?」
 しかし少女はふるふると首を横に振る。
「だめ」
「どうして? わたしはあったかくて柔らかいって定評があるわよ?」
 なんてったって王のお墨付きだ。闇に葬りたい記憶だったが、ここぞとばかりに売り込みに使用する。
「でも、だめ」
 半分寝惚けて舌もよく回っていないのに、真朱は強情に首を振る。
「だめです。しゅうれいさまは―――おんなのこだから(/、、、、、、、、)


 やっぱり。


「………だから、一番問題がないんじゃないの! ほら寒いんでしょ? はやくこっちにいらっしゃい」
「―――だめ。むり」
 無理と来たもんだ。
「真朱。女同士じゃない。一緒に寝ましょう」
「ちがう」
「違わないわ」
「ちがう」
「違わない」




「ちがうっ!!」




 切り裂くような、否定だった。
「ちがう、ちがうちがうちがう。ほんとはちがう。ちがうんです、しゅうれいさま。だから、だめです」
「―――駄目はこっちの台詞よ! 今日は一緒に寝るわよ真朱!」
 痛烈な拒絶に一瞬ひるんだが、秀麗は強硬手段に出た。少女の冷えた身体に飛び掛って、小柄な身体を問答無用で抱きしめる。
 真朱がもがいても離さない。
「ちがうのに………っ」
 秀麗の胸元で、泣きそうな声がした。
 しかし、秀麗は腕を放さなかった。


「………今なら、話してくれそうだけど、聞かないわ。寝惚けているところを付け込むなんて卑怯だし―――いつかちゃんと、あなたの口から聞きたいんだもの。わたし、真朱の話を聞きたいの」



 李真朱は可憐な容姿に似合わない胆力の、とても強い人だと知っている。皆知っている。
 だけど、ふとした瞬間、隣にいるのに不可視の壁に隔たれたように―――少女が遠くなる。
 儚く消えてしまいそうだとは思わないけど―――行き先を誰にも告げず、どこかへ行ってしまいそうで怖くなる。
 還ってしまいそうで恐くなるのだ。
 誰も知らない―――その場所へ(/、、、、、)



 だから皆、勝手に少女の心配をする。
「あなたの話をあなたの口から聞きたいのよ。わたしが重いお鍋を持ったら悔しそうな顔をするの、知ってるわ。こうやって力で叶わないの、凄くイヤなんだろうってわかってるわ。一緒に寝るの嫌がる理由も、わたしだって、薄々わかってるのよ? でも、だから駄目」
 だから、秀麗は決めたのだ。
「―――真朱が話してくれるまで、わたしはあなたを思いっきり女の子扱いするって決めたのよ。真朱はちゃんとオンナノコだし、そうするのが当然でしょう?」
 少女が何も言わないのは、そういうことなのだ。
 言葉は想いを伝える道具だ。彼女はそういうことをちゃんと心得ている。語らないとはつまり―――理解もいらない。共感もいらない。同情もいらない。助けもいらない。それに関して、彼女は他者に何も求めていない―――教えたくない。そういうことだ。





 語られずとも察したつもりで差し出した手など、彼女には余計なお世話に違いないのだ。





「だけどいつか、話して欲しいわ。うぅん、わたしが、あなたの話を聞きたいの。それは見たことも聞いたこともない―――不思議なお話だと思うから」
 見たこともない菜。珍しい食材。
 目新しい考え方。だれもが思いつかない方法。知らない御伽話。
 抱えている何か。
 苦しいこと。悲しいこと。
 全部全部、全部、聞きたい。
「教えて欲しいの。理解したい、共感したい、同情はいらないんでしょうけど、助けられるなら助けたい―――わたしはあなたのこと、大切なお友達だと思ってるのよ」

 応えはなく、いつの間にか腕の中の抵抗は止んでいた。

 秀麗は捲りあがった布団をお互いの肩までかけなおし、少女の身体を温めるためもう一度ギュッと抱きしめる。
「おやすみ真朱」





 翌朝、真朱の悲鳴が牢獄に木霊した。
 






(それはそれは恐怖を具現化したような魂切る絶叫だったとか)




モドル

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